嫁がパニック障害になりまして

嫁さんが突然のパニック障害。それから6年が経過し、ようやく回復の兆しが出てきました。これまでの様子を楽しくお伝えします。

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嫁さん、のたうちまわる!!(嫁さんが「心屋教」に入信してみた結果…。その4)

   

 

こんにちは。とっとです。

前回からの続きです。前回までの話はこちら↓

嫁さんが「心屋教」に入信してみた結果…。

のたうちまわったのは…。

「許せない人」を許すには・・・。

 

読むのが面倒な方の為に、これまでの簡単ないきさつを書きます。

 

ある日、嫁さんが、急にあやしい言葉をとなえ始めました。

そうかと思えば、普段まったく読書をしないのに、アマゾンで本をポチッと購入。
しかも、いきなり5冊も…。

 

で、それを読むのはなぜか僕で…(;′゚∀゚`)

そして、読んでいくうちに苦しくなって、のたうちまわったのも僕で…。

という妙な展開になってしまいました。

 

『とっとくん、オススメの本はまだー?』

愛してるよっていってみ。

↑執拗な「言ってみ~。」攻撃!!
しかも、ちょっと使い方が変だし…(n´Д`)

僕がのたうちまわってしまい、「オススメ」どころではなくなったので、結局、嫁さんは積んである本を適当に選んで読んでいました…。

 

嫁さんがのたうちまわった原因は…?

 

当時、嫁さんがどの本を読んだか覚えていませんが、数日後、やはり彼女ものたうちまわるはめになりました…(°Д°;

 

嫁さんがのたうち回った原因は、
今の自分と父親との関係に気がついたことでした…。

 

嫁さんの父親は、筋金入りの公務員でした。

 

小さいころから、
「みんなの税金で暮らしてるんだから、人様の前で目立つような生活はするな!」
と言われ続けたり、

世の中というものは、「辛い」「危ない」「だまされる」という
「父親の思っている世間の常識」を徹底的に教えられました。

さらに「過保護」「過干渉」だったようです。

 

小さい頃の記憶…。

 

嫁さんも、フタをしていた子供の頃の記憶が、わーっと出てきました。

 

例えば、いつもの「危ない」ということで、
エスカレーターに小学校6年生になっても一人で乗れなかったこと。

 

また、小学4年生の時、久しぶりに家族でレストランに食事に行ったときのこと。

父親「大きくなったら何になりたい?」

「お菓子を作る人!!だって、面白そうだし、素敵だから。」

父親「なんだ、もっと現実をみろ!!そんなもんで世の中は生きていけんぞ!!」

と頭ごなしにしかられ、せっかくの楽しい家族での外食が、涙でなにも食べれなくなったこと。

 

小さい頃にさかのぼると、もっとたくさん出てきますし、逆に、高校進学、短大進学、就職、結婚と、現在までにいたっても、人生の大きな進路で、すべて反対され、否定され、認められずに育ってきました。

 

父親に認めてもらいたかった…。

 

そして、ついに最後には親子の縁を切って、僕と結婚することになるのですが、
いま思えば、よく縁が切れたなぁと思います。

 

嫁さんは、結婚当初、父親の事を「嫌いだ」と言っていましたし、
「あんな親にはなりたくない。」とも言っていました。

 

しかし、そんな環境で育ってきた彼女は、いつのまにか

「父親に認めてもらう為に頑張っていた。」

という自分がいることに気がつきました。

 

「仕事を一生懸命頑張る」ことも、

「子育てを一生懸命頑張る」ことも、

すべてが「誰かに自分を認めてもらう」為に

自分が苦しくなるまで頑張っていたことに気がつきました。

 

ひょっとしたら、「わたしは認めてもらえない」と思っていたせいで、

いつも苦しくて、

その苦しさから逃れるために

いつも限界まで頑張っていたのかもしれません…。

 

そして、さらにその「誰か」は、心の中で

「一番嫌いだと思っていた人に、一番認めてもらいたがっている」

ということに気がついてしまったのです!!

 

それからの嫁さんは、どうしていいか分からず、
のたうちまわったり、もんどりうったりの日々が続きました。

ムキー!!

↑いや、怒りの矛先を間違ってるよ…(°Д°;

 

続く…。

「どうせ愛されてるし」って効果ある???(嫁さんが「心屋教」に入信してみた結果…。その5)


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